数理的戦略モデルに基づく戦略的RAGシステムへの段階的アプローチ

2030年代には間違いなくAIエージェントの時代が到来することが予想されている。 AIエージェントには、個人用と企業用の両方が想定される。個人向けのエージェントは「パーソナル・エージェント」、企業向けのエージェントは「コーポレート・エージェント」と呼べるだろう。そして、マルチ・エージェント環境で、エージェントたちが人間の代わりにお互いに交渉をして、売り買いを行うことが期待されている。コーポレート・エージェントは企業の側に立ち、パーソナル・エージェントは個人(消費者)の側に立って行動することが期待される。コーポレート・エージェントが企業の戦略やポリシーを考慮せずに行動すると、悲惨な結果となるだろう(パーソナル・エージェントでも同じことが言える)。

産業界では現在、RAG (Retrieval-Augmented Generation) システムの開発に拍車がかかっている。これは明らかに上記の序章である。したがって、我々は、RAGシステムに企業戦略をビルトインする方法を議論する。

伝統的に企業戦略・事業戦略は、経営コンサルタントたちがピーター・ドラッカーの言葉を弄し、クロスチャートを多用する世界だった。こうした戦略が事業参入や設備投資、組織改編などのトップレベルの経営判断にまったく役立たないとは言わないが、残念ながら過去に使用されてきた戦略策定の手法の多くは、何ら数理的な手法を用いておらず精緻さに欠けていた。少なくとも戦略が組織の末端(=ビジネスの最前線)にまで浸透して実行されるようにはなっていなかった。これを改めないと、日本の産業が過去30年で失ったものは永久に取り返せない。

それとは対照的に、我々は自己組織化マップ(SOM: Self-Organising Maps)を用いて戦略を表現することができ、それに基づいてコンピュータ上で意思決定を行うことができることを過去20年以上にわたって実証してきた。(この手法は世界最大の自動車メーカーで長年使用されて成果を上げている。)

ここでは、企業とその顧客との間の対話(相互作用)について見ていこう。

1. 顧客セグメンテーション・モデル

顧客との対話を最適化するために、まず顧客セグメンテーション・モデルがデータサイエンスの手法を用いて成されていることが前提となる。我々はここでSOM を強く推奨する(ただし、オープンソース・ライブラリで公開されている多くのSOMは正しく実装されておらず推奨しない)。過去の取引データに基づいて、各顧客がセグメント化される。各顧客セグメントの統計的特徴が分析されて(プロファイル分析)、どのセグメントにはどのような扱いをするべきが詳細に定義されていなければならない。これが、以下に述べるすべての基礎となる。

2. VOC(顧客の声)分析

RAGシステムについて議論する前に、RAGシステムが処理する顧客コンタクトの内容について分析しておくことが必要である。LLMを用いて、顧客コンタクトの内容をテキストに変換し、それらをチャンク(短いテキスト)に分割し、埋め込みベクトルを取得できるようになった。埋め込みベクトルはSOMでセグメント化でき、顧客がどんな種類の問い合わせ、質問、要求、不満を持っているのかを分析できる。この情報は、上記に述べた顧客セグメンテーションと統合される。

3. RAG システムの拡張

現在、世の中で議論されているRAGシステムの目的は、LLMが単独では十分に学習できないような企業が持つ固有の情報も考慮して、LLMによるチャットボットが顧客とのより効果的な対話をできるようにすることだ。LLMに与えるプロンプト(指示文)に企業の戦略やポリシーを含めることはある程度可能であると思われるが、それには限界があり、メンテナンスすることが難しいと予想される。したがって、我々は顧客が属するセグメントと、顧客との会話の内容に基づいて、戦略的な決定を行う拡張システムを追加することを提案する。

また我々は、制限された情報に基づいて顧客との会話の文脈を正しく判断するために、ベイジアン信念ネットワーク(BBN)を使用することもできる。典型的なRAGシステムは、ユーザー(顧客)が質問をしてシステムがそれに回答することを仮定しているのだが、そもそも人々は彼らが知らないことについて質問をすることが難しいのだ。 BBNを用いることで(すでにトラブルシューティングなどのアプリケーションで実現されているように)、システムが顧客に質問することができ、企業が実現したいゴールに顧客を誘導することができる。

我々はこれを実現するためのソフトウェア・ツールとPythonコードを提供できる。