ナレッジグラフまとめ(1)

現在、グラフDBおよびナレッジ・グラフの界隈で新しい市場が勃興しております。技術の標準化が進み、多数のスタートアップが設立されています。どうやら、この分野が新しい市場として定着していくことを約束されたと判断して良さそうです。数回にわたってグラフDBとナレッジグラフ、さらに、その次に来るべき技術の展望についてまとめます。

テイクオフするグラフDB市場

グラフDB(Graph DB)は、データをノード(頂点)とエッジ(辺)で表現するデータベース管理システムです。ノードはエンティティ(人物、場所、物など)を、エッジはそれらのエンティティ間の関係を示します。このモデルにより、複雑な関係性を直感的に表現・操作することが可能です。

従来のリレーショナルDBでは、エンティティ間の関係を表現するためにJOIN操作が必要です。大規模で複雑なデータ構造を扱う場合、JOINの数が増え、クエリのパフォーマンスが著しく低下します。それに対して、グラフDBでは、エンティティ(ノード)とそれらをつなぐ関係(エッジ)が直接表現され、クエリ実行時にエッジを辿ることで関係性を迅速に解析できます。これにより、データのリレーションが複雑であるほど、グラフデータベースの強みが発揮されます。

グラフDBはデータの格納と高速なクエリ処理に焦点を当てています。一方、ナレッジ・グラフはデータに意味を持たせ、知識として活用することを目的としています。つまり、グラフDBは複雑なデータ分析を前提としたデータベース管理システムであり、ナレッジ・グラフは単体でも使用できますが、大規模なデータを使用する場合に、グラフDBがナレッジ・グラフの基盤となるという関係になります。さらに従来の機械学習もナレッジ・グラフと連携できるので、グラフDB+ナレッジ・グラフが、今後、高度な分析や判断を行うコンピューティングの中核に位置付けられると予想されます。

グラフDBは、現在、まだ数千億円程度の(世界)市場規模と見られますが、特筆すべきは、Neo4jがこの分野のパイオニアであり、2022年時点で約40%のシェアを占めていると言われています。従来のリレーショナル・データベースを含むデータベース市場では、Oracle、 MySQL、Microsoft SQL Serverなどが依然として上位を占めているものの、Neo4jも20位と健闘しています。Amazon NeptuneやTigerGraphなども近年、エンタープライズの需要に応じて急速に成長していると言われています。

主要なグラフDB製品

代表的なグラフDB製品をほぼシェアの大きい順に以下に示します:

. Neo4j

  • 概要: 世界的に最も広く使われているグラフDB。ネイティブグラフDBとして、ACIDトランザクションとCQL(Cypher Query Language)をサポート。多くのエンタープライズ用途に採用されている。
  • 特徴: スケーラビリティ、高速クエリ、強力なツールとサポート。

2. Amazon Neptune

  • 概要: Amazon Web Services (AWS) によるフルマネージドのグラフデータベースサービス。RDFとProperty Graphの両方のモデルをサポートし、複数のクエリ言語(SPARQL、Gremlin)を使える。
  • 特徴: AWSのエコシステムとの統合、高可用性、スケーラブル。

3. Microsoft Azure Cosmos DB (Gremlin API)

  • 概要: Azureのフルマネージドデータベースで、Gremlin APIを使用することでグラフDBとしても利用可能。地理分散、スケーラビリティを強みに持つ。
  • 特徴: 複数のデータモデルに対応、世界規模でのデプロイが可能。

4. TigerGraph

  • 概要: 大規模なグラフ分析に強みを持つネイティブグラフデータベース。ビッグデータ分析やリアルタイムの分析に対応している。
  • 特徴: 分散型アーキテクチャ、大規模データセットでのパフォーマンス最適化。

5. JanusGraph

  • 概要: オープンソースの分散型グラフデータベース。Cassandra、HBase、BerkeleyDBといったバックエンドストレージをサポートし、Gremlinクエリ言語を使って操作できる。
  • 特徴: 高いスケーラビリティ、エラスティックサーチやSOLRなどとの統合。

6. OrientDB

  • 概要: マルチモデルDBMSとして、グラフとドキュメントをサポートするデータベース。SQLライクなクエリ言語を持ち、RDBMSに慣れたユーザーも移行が容易。
  • 特徴: グラフ、ドキュメント、キー/バリューをサポート。高い柔軟性。

7. ArangoDB

  • 概要: マルチモデルDBで、グラフ、ドキュメント、キー/バリューストアをサポート。ACIDトランザクションをサポートし、AQL(ArangoDB Query Language)という独自クエリ言語を使用する。
  • 特徴: マルチモデル対応、クラスター対応。

8. AnzoGraph

  • 概要: 高性能なグラフ分析プラットフォーム。大規模なデータを処理できる分散型グラフDBで、リアルタイムなインサイト提供に特化している。
  • 特徴: 高速クエリ、SPARQLとCypherをサポート。

9. GraphDB (Ontotext)

  • 概要: RDFトリプルストア型のグラフDBで、主に意味論的なWeb技術やナレッジグラフに特化している。SPARQLをサポート。
  • 特徴: セマンティックウェブ技術、ナレッジグラフに強い。

10. Dgraph

  • 概要: 高スケーラビリティと高性能な分散型グラフDB。シンプルなクエリ言語「GraphQL+-」を使用する。
  • 特徴: スケーラブルな分散アーキテクチャ、GraphQLベースのクエリ。

グラフDBの標準化

グラフDBの標準化に関する動向は、グラフ構造やクエリ言語の多様性から複数の取り組みが進行しています。

1. クエリ言語の標準化

グラフDBの標準化の一つの大きな焦点は、クエリ言語の標準化です。複数のグラフDBが独自のクエリ言語を持っていますが、共通の言語や標準を作る動きが加速しています。

  • SPARQL(SPARQL Protocol and RDF Query Language)
    • 概要: W3Cによって標準化されたRDF(Resource Description Framework)データモデルを操作するためのクエリ言語。主に意味論的Web技術やRDFトリプルストア型のデータベースで使用されます。
    • 採用: RDFベースのグラフDB(例えばGraphDBやAmazon Neptuneなど)が広く採用。
  • Cypher
    • 概要: Neo4jが開発したクエリ言語で、Property Graph Modelに基づいています。直感的でSQLライクな構文が特徴で、Neo4jの普及とともに広がりを見せています。
    • 標準化動向: Cypherはオープンになっており、2017年に「OpenCypher」イニシアティブとしてコミュニティベースの標準化が進められています。
  • Gremlin
    • 概要: Apache TinkerPopフレームワークによって提供されるグラフトラバーサル言語(Traversal Language)。Property Graph Modelを操作するための強力なツールで、JanusGraphやAmazon Neptune、Azure Cosmos DBなどで採用されています。
    • 標準化動向: GremlinはTinkerPopプロジェクトの一部として、標準的なグラフデータ操作言語とみなされています。
  • GraphQL
    • 概要: 元々はFacebookによって開発されたAPIクエリ言語ですが、グラフ構造を扱うための簡便な手段としても注目されています。DgraphのようなグラフDBがGraphQLベースのクエリをサポートしています。
    • 標準化動向: GraphQLはすでに広く普及しており、GraphQL Foundationによって仕様が管理されています。

2. データモデルの標準化

グラフデータベースの世界では、主に2つのデータモデルが使用されていますが、標準化に向けた動きも見られます。

  • RDF(Resource Description Framework)
    • 概要: W3Cが標準化したグラフデータモデルで、ノードとエッジがトリプル(主語-述語-目的語)形式で表現されます。主にセマンティックウェブやナレッジグラフに使用されます。
    • 標準化動向: RDFとその関連仕様(SPARQL、RDFS、OWL)はW3Cの正式な標準として広く普及しています。
  • Property Graph Model
    • 概要: ノードとエッジにプロパティ(属性)を持つことができる、より柔軟なグラフデータモデル。Neo4jやTigerGraph、Gremlinなどで採用されています。
    • 標準化動向: Property Graph Model自体の正式な標準はまだ存在しませんが、CypherやGremlinの普及によって事実上の標準となりつつあります。

3. インターフェースおよびAPIの標準化

グラフDBのAPIやインターフェースの標準化も進んでいます。特に、データの相互運用性や統合に関するニーズが高まっており、これに対応する標準化の動きがあります。

  • OGC Simple Features for RDF
    • 概要: オープンジオスペーシャルコンソーシアム(OGC)による、空間データをRDFフォーマットで扱うための標準規格。
    • 採用: 地理情報システム(GIS)とグラフDBの統合の際に使用されています。
  • GraphQLにおけるグラフDBとの統合
    • 概要: GraphQLはフロントエンドとバックエンド間のデータやグラフデータベースとのやり取りに使われるAPIです。多くのDBはGraphQLを用いたAPIをサポートしています。
    • 採用: Dgraph、Neo4jなどがGraphQLをサポートし、グラフデータベースの標準APIとしても注目されています。

4. グラフDBの互換性とデータ交換

異なるグラフDB間でデータをスムーズにやり取りするためのフォーマットやプロトコルの標準化が進行しています。

  • RDF/OWL(Web Ontology Language)
    • 概要: RDFとともに使われるOWLは、ナレッジグラフやセマンティックなデータを表現するためのフォーマットとして標準化されています。特に異なるグラフDB間でのデータ共有に使われます。
    • 標準化動向: W3Cによって継続的にメンテナンスされ、広く採用されています。
  • JSON-LD(JSON for Linked Data)
    • 概要: JSONフォーマットを拡張し、リンクデータを表現するためのフォーマット。RDFとの互換性も持ち、グラフDB間でのデータ交換に使われます。
    • 標準化動向: W3Cによって標準化され、特にWebや分散システムでのデータ共有に有効です。

5. 業界団体の取り組み

グラフDBの標準化に向けた業界団体の取り組みも加速しています。

  • Linked Data Benchmark Council (LDBC)
    • 概要: LDBCは、グラフDBやRDFデータベースのパフォーマンス評価基準を策定するための団体です。ベンチマークを通じて、標準化の推進と技術の改善に貢献しています。
    • 動向: データベース間の比較や性能評価のための標準ベンチマーク(LDBC Social Network Benchmark、Graphalyticsなど)を提供。
  • W3C(World Wide Web Consortium)
    • 概要: グラフDB関連の標準化をリードする主要団体で、RDF、SPARQL、OWL、JSON-LDなどを標準化。
    • 動向: 継続的にセマンティックウェブ技術の標準化を進め、ナレッジグラフやリンクデータとの統合に対応。

グラフDBの標準化はまだ完全には成熟していないものの、RDFベースの技術においてはW3Cを中心に標準が確立されています。一方、Property Graph Modelに関しては、CypherやGremlinなどのクエリ言語やAPIがデファクトスタンダードとなっており、相互運用性やデータ交換を促進する取り組みが進んでいます。今後もデータモデルやクエリ言語の標準化が進展し、グラフDBのエコシステムがさらに拡大することが予想されます。

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